ワーキングマザーは夢をみる

働きたい、育てたい、すきなことをしつづけたい。

娘の笑顔と日常の小さなしあわせが原動力…って、ほんとか?わたし。

保育園のお迎え後、娘の園庭遊びに付き合っていたとき。
娘の満面の笑みに誘われて砂遊びを始めたら、さらさらした砂の感触が驚くほど気持ちよくて、つい夢中になってしまいました。
立ち上がった娘につられて顔を上げると、あたりは一面の夕焼け。

いいなあ、こういう何気ない日常を楽しめるのは、育児の醍醐味かもなあ…。
こういうのが、原動力になるんだろうなあ。


…って、
確かに思ったはずなんだけど、

それからひと悶着ふた悶着あって帰宅したあと即冷蔵庫を開けてピーナッツがごろごろ入ったチョコレートの塊をみっつくらい一気にがりごり食べながら、そういえば職場からお迎えに行く途中にもコンビニでチョコ買って一気にカラにしちゃってたことを思い出して、

いや違う、わたしを動かしてるのは小さな幸せとかじゃない、

チョコだよ!まぎれもなくチョコだよ!!

と、気づいた話です。


小さなしあわせも、たしかに感じたけれど

園庭の砂がびっくりするほど気持ちよくて、あ~小麦粉かなんか混ぜてるみたいで気持ちいいな~癒されるわ~と思ったのは本当のことで、楽しそうな娘の表情とか、きれいな夕焼けとかが心に響いたのも本当のことで、そう感じたことを大事にしたいなあ、ブログにも書きたいなあと思ったのですが。

こういう小さなしあわせを大事にしたいです、みたいな文章が自動的に浮かんでしまって、そういう気持ちもたしかにあるけれど、少なくとも今日のわたしはそれだけではないじゃないか、と。


1日の中でお迎えが一番つらい

娘は保育園の園庭で遊ぶのが大好きらしく、すぐに降園することはありません。
時間が許す限り付き合いますが、以前、1時間45分つきあったときでも、最後はまだ遊びたいと大泣きする娘を無理やり抱えて車に乗せて帰りました。

しばらく遊んだら満足して帰ってくれるということは、ごくまれです。
大体は30分から1時間くらい遊んだところで時間切れ、抱っこで車に連れて行きます。活魚かってくらい暴れながら叫びます。
次はチャイルドシートを嫌がります。説得する、音楽やおもちゃ、わたしがまず座って楽しそうにしてみせる、いろんな手を試しますが、効果なし。結局力ずくで座らせベルトを締め、家に着くまで車中で大泣きされるというのが最悪のパターンです。
そして、毎日の8割は最悪のパターンになります。

どうにかして穏やかに帰れるよう挑戦中なのですが、心身ともに消耗が激しくつらい時間です。

そんななかで砂の気持ちよさと娘の笑顔と夕焼けに出会いました。
しあわせにはまちがいなかったけど、やっぱりそのあと無理やり車に乗せて、自宅マンションに着いたら着いたで娘とバッグとPC抱えてしかも右手はカギ開けるのに使うから全部左手で、って、…

小さなしあわせだけではエネルギー不足!!
チョコ!ポテチ!!ビール!!!


チョコがなくっちゃワーキングマザーやってられないよ

ワーキングじゃなくても、母親業だけでも。

理想の母親像というか、母なら子供の笑顔や日常の幸せから元気をもらえるはずというイメージが、どうしてだろう想像以上に自分の中にも深いところに根を張っているのを感じます。
子供の笑顔でがんばれるっていうのはもちろんだけど、それだけじゃないよなってことを、もっと積極的に言いたい。

チョコのおかげでお迎えをがんばれる、ポテチがあるから大量の洗濯をがんばれる、ビールを飲んだら明日の保育園グッズの用意をしよう、などなど。
無償の愛でがんばれますみたいなところからちょっと距離をおいたリアルをわかちあいたいなあ。

そういうことも、母であるだけで息苦しく感じてしまう社会を変えることに、ほんのちょっぴりでも関わる気がします。


幸せ感だけでなんでもできると思い込んでしまいそうな、思いこまないといけないような。
刷り込みのプレッシャーをひとつずつ引きはがしていきたいものです。


明日は夫が留守でワンオペだし、ヱビスでも買っておこうかしら。