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ワーキングマザーは夢をみる

働きたい、育てたい、すきなことをしつづけたい。

妊婦は怖い夢をみる

ここは、どこかの学校の体育館だろうか。

天井の高い、広い空間。
固く冷たい床には汚れた毛布が敷かれ、疲れ切った顔をした人たちが横たわっている。

そうだ、わたしは避難してきたんだ。
ようやくここにたどり着いた。
でも、この場所の空気はなんだかよどんでいて、あまり休めそうにもない。

「ねえ、あなた、めぐちゃんていうの?」

不意に声をかけられる。
隣の毛布から身を起こした女性。40代くらいだろうか。

「このiPhone、あなたのでしょ。これ旦那さん?めぐちゃんて呼ばれてるの?かわいいね」

動画を勝手に見てる?
やめてください、と取り返す。

「そのへんに置いておくからでしょ。気を付けないと、個人情報はね」

このひとは誰なんだろう。このひとの隣で寝ないといけないの?

「怖い人がいるからね、この中には。知ってるでしょ?」

知らない。ここには誰も知り合いはいない。

「ほら、先月のストーカー殺人事件。犯人なんだって噂だよ。あっちの、ニット帽かぶって寝てる人」

女性はわざとらしい小声を使い、5メートルくらい先に寝ている男性を示した。
男性は身じろぎひとつしない。こちらに気づく風でもない。ぐっすり眠っているらしい。

「もうね、ずいぶん付け回したらしいよ。とうとう自宅にまで上り込んで、それで結局は、ね。傷口から、馬乗りになってめった刺しにしたんじゃないかって話らしいけど」

聞きたくもないし、興味もない。
ここのひとたちと必要以上の関わりをもちたくないし、このひとは特にいやだ。
わたしは女性を無視して毛布の上で寝ることにした。

「かわいそうにねえ。なんて名前だったかな。かわいそうに、ねえ。」

かわいそうに、かわいそうにねえ、と何度も繰り返しているのを聞きながら、かわいそうってどういう意味だっけ、と思いながら目を閉じていた。ああ、疲れている。あっという間に意識を手放した。

***

床が冷たい。全身が痛い。
わたしは目を閉じたままもぞもぞと動いていた。

まぶたの裏には光を感じない。周りもとても静かだ。みんな寝ているのだろうか。それとも、わたしと同じように、眠ろうと努力しているところなのだろうか。

水が飲みたい…そう思ったとき、何かが動く気配がした。
あれ、と思う間もなく、腹に重いものが乗った。
物じゃない、ひと?
誰かに馬乗りにされている?

自分でも不思議なくらい落ち着いて、ゆっくりと目を開けた。

手を伸ばせば届きそうな距離に、緑色に光る、小さなまる。
緑色に光る、眼球だ。
異様な色の目をした、ニット帽をかぶった男が、私の上に乗っている。
男が口を開いた。

 

「めぐちゃぁぁぁん…」

 

 

 

 


(終)


***

 わたしは緑色の光から目を離すことができず、まばたきもせずに5秒ほどが過ぎました。緑色の光は、ゆっくりと、夜光塗料で緑色に淡く浮かびあがるスイッチ紐の先についた球に変化していきました。

わたしが、出産のため里帰りしていた実家の和室で見た夢です。
あのころは悪夢いろいろ見まくってました。ゾンビうじゃうじゃのデパートで逃げ回ったり、幽霊屋敷にとじこめられたり…

妊娠中に怖い夢を見るのは、内臓が圧迫されているからだとか、ホルモンバランスが崩れるからだとか、諸説あるようですね。
当時は毎晩怖い夢を見るのがつらかったけど、今思いかえすと、あ~あの夢はよくできた演出だったなあ、とか感心したりして。(何に?)


出産後は、ぱったり悪夢は見なくなりました。
よかったよかった。

妊娠って、本当にふしぎ。